荒川静香 2006年オリンピック・レセプション



荒川静香の、2006年オリンピック・レセプションの演技です。まさに、プリンセスとの賞賛は彼女のためにあると言えます。

イナバウアー
荒川静香の代名詞となった、「レイバック・イナバウアー」。 イナバウアーをする選手は存在しますが、大きく体を反らせた「レイバック・イナバウアー」は、荒川の特長と言っても良く、演技の優雅さ、滑らかさ、女性らしさは世界で随一と言えるでしょう。
タグ:荒川静香
posted by skate at 19:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 荒川静香

荒川静香 2006年トリノ・オリンピック・フリー演技



荒川静香の、2006年トリノ・オリンピック・フリー演技、金メダルの演技です。

・荒川静香のスケート技術について 3
荒川静香は、中学生時代から伊藤みどり以来の日本女子連続3回転ジャンパーとして騒がれるほどで、種類の連続3回転を跳ぶことができる数少ない選手です。 
posted by skate at 14:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 荒川静香

荒川静香 2005年中国カップ・ショートプログラム



荒川静香の、2005年中国カップでのショートプログラムの映像です。

・荒川静香のスケート技術について 2
トリノオリンピックのショートプログラムとフリーでの、7つのスピンと2つのスパイラルは、全て最大評価のレベル4を獲得し、2つのステップは女子選手として最高評価のレベル3を獲得ました。
posted by skate at 11:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 荒川静香

荒川静香 2004年世界選手権フリー演技



荒川静香の、2004年世界選手権フリー演技です。

・荒川静香のスケート技術について 1
荒川静香の最大の特徴は、ジャンプ・ステップ・スピン・スパイラルの全てに高い技術を持ち、弱点が無い事に尽きると言われます。
posted by skate at 14:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 荒川静香

荒川静香 2003年世界選手権ショートプログラム



荒川静香の、2003年世界選手権ショートプログラムの映像です。

荒川 静香(あらかわ しずか:Shizuka Arakawa)
1981年12月29日生まれ
神奈川県鎌倉市出身、宮城県仙台市育ち
愛称:しーちゃん
2006年トリノオリンピック金メダリスト
プリンスホテル所属

posted by skate at 14:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 荒川静香

荒川静香の経歴について

荒川静香は、5歳のとき「ちびっ子スケート教室」に入会し、小学校入学後本格的にフィギュアスケートを始め、小学校3年生のとき、5種類の3回転ジャンプをマスターし「天才少女」と呼ばれました。
12歳のときに初めての国際大会であるトリグラフトロフィーに出場し、優勝を果たしています。

荒川静香は中学時代、全日本ジュニア選手権で史上初の3連覇を達成し、全国中学校スケート・アイスホッケー大会でも3連覇を達成、国際大会のネーベルホルン杯でも連続3回転ジャンプを成功させ優勝します。
また、中学3年生でシニアの全日本選手権に特例出場し、2位となります。

シニアへ完全転向した東北高校1年生の1997-1998年シーズン、荒川静香は全日本選手権で初優勝を果たし、1枠しかなかった長野オリンピックと1998年世界選手権の女子シングル日本代表となり、長野オリンピックでは今上天皇、皇后観戦のもとで演技を行い、ショートプログラムでは連続3回転ジャンプを成功させますが13位、998年世界選手権では22位に終わります。
1998-1999シーズンでは、全日本選手権で2連覇を果たし、全国高等学校スケート選手権大会でも優勝を果たすが、初めて行われた1999四大陸選手権で6位となり、1999年世界選手権の代表権を得られず、これ以後スランプに陥ったとされます。
早稲田大学に進学しプリンスクラブに在籍した2000-2001年シーズンで荒川静香は、第26回東日本フィギュアスケート選手権大会で優勝を果たしますが、国際大会ではロシア杯7位、ラリック杯9位、四大陸選手権6位と振るわず、全日本選手権は2位でした。

2001-2002、全日本選手権で村主章枝との一騎打ちとなったが敗れて2位、ソルトレイクシティオリンピックの出場権を得ることが出来ませんでした。
2002-2003、10月の東京フィギュアスケート選手権大会の優勝を皮切りに荒川静香は、関東学生フィギュアスケート選手権大会優勝、ロシア杯5位、NHK杯3位、全日本選手権3位、ユニバーシアード冬季競技大会優勝、アジア冬季競技大会優勝、四大陸選手権2位、グランプリファイナル4位、世界選手権8位、国際チャレンジ7位、またエキシビションイベントも3公演に参加するなど、驚異的なスケジュールをこなします。

トリノオリンピックに向け荒川は、日本国内では佐藤久美子に、海外ではニコライ・モロゾフにそれぞれ師事することとなります。
2005-2006シーズンのフリー曲だった「幻想即興曲」をショート曲用に作り変え、フリー曲を2004年世界選手権で優勝したときに使用した「トゥーランドット」に変更し、また、プログラムから外したイナバウアーを組み入れるという作戦に打って出ました。

トリノオリンピックでは、ショートで荒川、サーシャ・コーエン、イリーナ・スルツカヤの3人が1点差以内に並ぶという大接戦となるも、フリーでは自己最高得点をマークし優勝し、アジア選手として五輪フィギュア史上初の金メダルを獲得しました。
06年2月現在で24歳の荒川は、オリンピック女子フィギュア史上で、最年長の金メダル獲得選手でもあります。

荒川静香は、2006年5月、アマチュア競技選手としての引退と、プロへの転向を表明、「今後は自身の演技力の向上やスケート界を広くサポートしていきたい。」と語りました。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
posted by skate at 11:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 荒川静香
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。