村主章枝 2005-2006年 フリー演技



村主章枝の、フリー演技です。

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村主章枝 2004年世界選手権



村主章枝の、2004年世界選手権の映像です。音楽は、浜辺の歌で英題は、 "Song of the Seashore"となっています。

・村主章枝のスケート技術について 2
ジャンプの種類では、高難度のルッツ・フリップを得意とする一方、エッジ系のループ・サルコウは不得意とされ、ループをここ数シーズン跳ばない代わりに、サルコウを積極的に取り入れており、その成否にファンは最も注目しています。
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村主章枝 2003年世界選手権フリー演技



村主章枝の、2003年世界選手権フリー演技で、2位入賞を遂げています。

村主 章枝(すぐり ふみえ:Fumie Suguri)
1980年12月31日生まれ
横浜市鶴見区出身
早稲田大学教育学部卒業

・村主章枝のスケート技術について 1
3回転-3回転のコンビネーションジャンプなどの大技は持ち合わせていないものの、トウジャンプにおけるジャンプの軸の正確さ、高さ、回転速度などの評価は高くなっています。 
タグ:村主章枝
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村主章枝の経歴について

村主章枝は、1992年、全日本ジュニア選手権に初出場し19位、1995年、全日本ジュニア選手権で4度目の出場にして初めて表彰台に上がり2位入賞し、続く世界ジュニア選手権で4位入賞と頭角を現し始めます。
1997年の全日本選手権ではショート3位から、フリーで逆転優勝を飾り、2度目の出場で弱冠16歳にして全日本女王となります。

1997年、12月の全日本選手権ではショート首位スタートだったものの、フリーでジャンプ転倒してしまい総合では2位で、ライバルの荒川静香がフリーで逆転優勝し、全日本優勝者が長野オリンピック代表および世界選手権代表と決まっていたため、荒川が代表に選出され、村主は補欠となります。
2000年、村主章枝は、12月の全日本選手権で2度目の優勝を果たし、2季ぶりに世界選手権代表に選出、さらに2001年の四大陸選手権では初めて表彰台に上がり優勝、日本人選手として佐藤有香以来、7季ぶりの国際大会優勝を果たしました。

村主章枝は2001年、オリンピック代表の残り1枠を懸けて荒川静香との一騎打ちとなり、ショート、フリーともに1位通過で優勝した村主が念願のオリンピック代表に初選出されました。
2002年のソルトレイクシティオリンピック本選、ショートは7位スタートとなり最終グループ入りを逃すものの、フリーではオリンピック初出場にして5位入賞と好成績を残します。


2006年、村主章枝はトリノオリンピック日本女子代表枠選考ポイント最下位から大逆転でトリノオリンピック出場を決め、また、全日本選手権10季連続表彰台記録を達成します。
その表現力を存分に発揮し、スタンディングオベーションを浴びる演技を披露したものの、成績はショート・フリーともに荒川静香、サーシャ・コーエン、イリーナ・スルツカヤに次ぐ4番手で、総合でも4位入賞でした。

2006年、初戦の11月、グランプリシリーズのスケートカナダにおいて、「リセットの年」と語った村主は、世界選手権東京大会を見据えて、SPではボレロを、FPでは以前から暖めていたという“一大プロジェクト”と題した女性ヴォーカルを楽器の一つとして取り入れました。
ヴォーカル・インストゥメンタルのメドレーを使用するというもので、ラストナンバー「Fantasia」はカール・ジェンキンスが村主の為に書き下ろした作品でした。
ジャッジが歌詞と判断すれば減点されるものの、結果は減点なしで、村主章枝は新たな試みを成功させました。
12月のNHK杯では、フリーでトリプルサルコウが1回転になり、パーソナルベストには届かなかったものの、浅田真央に次いで2大会連続2位に入賞し、4度目のグランプリファイナル進出を果たしました。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
タグ:村主章枝
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